「1つの現象について複数の解釈が有りうる、ということを忘れがち。なぜならそれは忘れてもいいから」という解釈

免疫とは、例えば

A. 免疫は体を守るために存在する

B. 免疫のある個体が自然淘汰の結果生き残った

というような言い方ができると思う。

 

免疫じゃなくても、生物の進化の結果得たものについては同じような言い方ができると思う。

  A. 眉毛は目に汗が入りにくくするためにある

  B. 目に汗が入りにくいような眉毛の生えた個体が自然淘汰で残った

前者の言い方は、個体よりも大きな何者かがいて、意思を持ってそうしているような解釈だと思う。

僕は後者の解釈の方が自然で好きだ。

 

さて、人間は何か意思を持って行動しているように見えるので、

  A. お腹が空いているときは、お腹を満たすためにご飯を食べる

というような言い方ができる。しかし先程と同様に、

  B. お腹が空いている時にご飯を食べるという性質を持っているので、結果的にお腹が満たされる

とも言えると思う。

AとBは別々の解釈というか、別々の側面と言ったほうが良いかもしれない。

 

もっと複雑な行動についても、

  A. 換気するために窓を開ける

  A. 自転車で速く走るために性能のいい自転車を買う

  A. 生活費を稼ぐために仕事を探す

  A. 幸せになるために努力する

みたいなことも、「意思があってそうした」という側面ではなく「結果そうなるようにできている」みたいな側面に着目すると新しい見方ができるかもしれない。

  B. 

  B.

  B.

  B.

※暇な人はB解釈を埋めてみてください。